老後のお金は、自分で用意するものになったのか。iDeCoの上限が月6.2万円に上がる前に、年金を誰が支えてきたかをたどる
老後のお金を「全部自分で用意する」形に変わったわけではありません。老後の土台は今も公的年金です。2024年の財政検証では、モデル世帯の年金額が現役世代の手取り収入の何割にあたるか(所得代替率)は、2024年度の61.2%から、経済の前提によって50.4〜57.6%まで下がったところで調整が終わる見通しです。1人当たりの成長がほぼ止まる厳しい前提で、給付水準の調整を機械的に続けた場合は、国民年金の積立金が2059年度になくなり、その後に保険料と国庫負担で賄える水準は37〜33%程度という試算もあります(厚労省「令和6(2024)年財政検証結果の概要」 p.1・p.3)【記事公開日時点で2年前の資料。2025年の年金制度改正の影響は含まない】。
変わってきたのは、その上に乗る部分です。会社が受け取る額を約束する年金が減り、本人が運用する積立の器が広がってきました。2026年12月の iDeCo(個人型確定拠出年金)の上限の引き上げも、その流れの中にあります。掛金を増やすかどうかは、上乗せ部分のリスクを自分がどこまで引き受けられるかで分かれます。
老後のお金は、もう自分で用意するしかないのか
Yahoo!知恵袋には「来年からiDeCoの金額を増やすべきでしょうか?現在毎月20000円積み立てしてますが2027年から毎月62000円まで増やせます…」という質問が寄せられています(Yahoo!知恵袋)。背景には、年金は将来減るのではないか、自分で積み立てないと困るのではないか、という心配があると読めます。
公的年金については、上の財政検証が答えの材料になります。4つの経済前提のうち3つで、所得代替率は50%を超える水準で調整が終わる見通しです。
| 財政検証のケース(2024年) | 調整が終わった後の所得代替率 | 調整が終わる年度 |
|---|---|---|
| 高成長実現 | 56.9% | 2039 |
| 成長型経済移行・継続 | 57.6% | 2037 |
| 過去30年投影 | 50.4% | 2057 |
| 1人当たりゼロ成長 | 機械的に調整を続けた場合、積立金がなくなった後37〜33%程度 | 2059(積立金がなくなる年度) |
出典:厚労省「令和6(2024)年財政検証結果の概要」 p.3【記事公開日時点で2年前の資料】。所得代替率は、モデル世帯の年金額を現役男子の平均手取り収入で割った値(同 p.1)。
どの前提に近づくかは、今の時点では分かりません。水準が下がることは見込まれていますが、公的年金がなくなる見通しは示されていません。また、次の財政検証までに所得代替率が50%を下回ると見込まれる場合は、調整の終了などの措置を講じる決まりです(財政検証 p.1)。ゼロ成長ケースの37〜33%は、その措置を取らなかった場合の機械的な試算です。
12月から、iDeCo の上限は何が変わるのか
国民年金基金連合会によれば、2026年12月1日に改正法(令和7年法律第74号の一部)と関係する政省令が施行され、iDeCo に加入できる年齢は65歳未満から70歳未満に上がります。会社員・公務員(第2号被保険者)は、勤め先の企業年金の有無による差がなくなります(iDeCo公式「制度改正について」)。
| 区分 | 改正前(月額) | 2026年12月分から(月額) |
|---|---|---|
| 会社員(企業年金なし) | 2.3万円 | 6.2万円 |
| 会社員(企業年金あり) | 2.0万円 | 6.2万円(企業年金の掛金との合計) |
| 公務員 | 2.0万円 | 5.4万円 |
| 自営業など(第1号) | 6.8万円 | 7.5万円(国民年金基金などとの合計) |
| 専業主婦・主夫など(第3号) | 2.3万円 | 2.3万円(変わらない) |
出典:iDeCo公式「制度改正について」、松井証券「iDeCo 制度改正」、厚労省「確定拠出年金制度の現状等」 p.12、厚労省「国家公務員・地方公務員の皆さまへ」。公務員の5.4万円は、6.2万円から共済掛金相当の8,000円を引いた額。
新しい上限は2026年12月分の掛金からで、引き落としは2027年1月26日です(松井証券、同)。中小企業が従業員の掛金に上乗せできる iDeCo+(イデコプラス)も、上限が2.3万円から6.2万円になります(厚労省「令和8年12月から iDeCoプラスがパワーアップします」)。掛金を変える手続きと締切は、加入している金融機関(運営管理機関)ごとに案内されています。
iDeCo を使っている人は、どれくらいいるのか
2026年4月末の加入者は395.2万人で、そのうち会社員・公務員が337.9万人(86%)です。2026年3月末の加入者392.8万人を、公的年金に加入している人全体(6,757万人。2025年3月末の値で代用)で割った加入率は5.8%です(大和総研 佐川あぐり「iDeCoは広がったのか-加入実態と残る課題」2026年6月16日 p.1-2。元データは国民年金基金連合会)。
掛金の額では、企業年金のない会社員の加入者(約200万人)のうち、月2.0〜2.3万円、つまり今の上限近くを出している人が57%です(同 p.4 図表3、2026年4月)。上限が上がれば増やす余地がある人は一定数いる、と読めます。
加入者の年齢は次のとおりです。
| 年代(iDeCo 加入者・2025年3月末) | 割合(%) |
|---|---|
| 50代 | 36.4 |
| 40代 | 32.6 |
| 30代 | 20.2 |
出典:厚労省「確定拠出年金制度の現状等」 p.11。20代以下と60代は表から省いた。
加入者の年収の分布を公表した一次資料は、本記事では見つけられませんでした。所得との関係は、後の節で税の資料から扱います。
会社が老後まで面倒を見る仕組みは、どれだけ減ったのか
厚労省の就労条件総合調査によれば、退職年金制度がある企業の割合は、2008年の37.5%から2023年の23.2%に下がりました。社員30〜99人の企業では、2023年に16.0%です(厚労省「確定拠出年金制度の現状等」 p.6-7。常用労働者30人以上の民間企業が対象で、2018年以降は調査の対象が変わっている。退職年金制度には企業型DCも含む)。一時金を含む退職給付制度がある企業は、2023年に74.9%でした(同 p.6)。
制度の中身も入れ替わりました。2025年度末の加入者は、受け取る額をあらかじめ決める確定給付企業年金(DB)が885万人、出す額だけを決める企業型確定拠出年金(DC)が893万人です(DC は速報値)。2000年度末には、適格退職年金と厚生年金基金を含めた制度ごとの加入者数の合計が2,120万でした(同 p.3。元資料の表示値)。厚生年金基金の資産は、2003年の40.7兆円から2024年の2.5兆円に縮みました(同 p.9)。
注:加入者数は制度ごとの値で、重複は除かれていない。
米国でも同じ向きの変化が記録されています。民間の雇い主が退職給付に払う費用のうち、DB の割合は1987年の86.1%から2022年の29.4%に下がりました(U.S. BLS, Monthly Labor Review「ERISA at 50」2024年7月)【記事公開日時点で2年前の資料】。2026年3月には、民間で働く人のうち DC を使える人が70%(実際に加入している人は49%)、DB を使える人は14%(同9%)でした(U.S. BLS「Retirement benefits were available to 72 percent of private industry workers in March 2026」)。英語の資料は AI が和訳しました。
国が老後を支えるようになったのは、いつからか
近代の公的年金の始まりとされるのは、ドイツで1889年に作られた障害・老齢保険の法律です。ドイツ年金保険(DRV)の説明では、ビスマルクには労働者を再び国家に強く結びつける狙いがありました。老齢年金は70歳からで、少なくとも30年の拠出が条件でした(Deutsche Rentenversicherung「Die Geschichte der Deutschen Rentenversicherung」。ドイツ語の資料を AI が和訳)。同じ説明は、工業化で生まれた労働者の困窮を、この制度の背景に置いています。雇われて働く生き方の始まりは「産業革命は何を変えたのか」で扱いました。
日本では、次の順で仕組みが重なってきました。
| 年 | できごと |
|---|---|
| 1890 | 官吏恩給法(役人の恩給) |
| 1942 | 労働者年金保険法の施行(1941年制定) |
| 1944 | 厚生年金保険法(施行は10月1日) |
| 1961 | 国民年金の保険料の拠出が始まる(法律は1959年) |
| 2001 | 確定拠出年金法の施行(個人型は2002年1月から) |
| 2002 | 確定給付企業年金法の施行 |
| 2017 | iDeCo に公務員・専業主婦なども加入できるようになる |
| 2026 | iDeCo の上限の引き上げ・70歳未満まで加入 |
出典:厚労省 年金関係資料「公的年金制度の沿革」【記事公開日時点で22年前の資料】、厚労省「確定拠出年金制度の現状等」 p.17、厚労省「確定拠出年金制度の改正」、iDeCo公式。
1961年の国民年金と、会社員の配偶者の年金(第3号)が世帯を単位に作られた経緯は「年収の壁はいつなくなるのか」にまとめました。国の制度の上に、会社の年金と本人の積立が重なってきました。
「約束された年金」と「自分で運用する積立」は、何が違うのか
年金には大きく二つの型があります。給付建て(確定給付)は、受け取る額を先に約束し、運用がうまくいかなければ約束した側が穴を埋めます。掛金建て(確定拠出)は、出す額だけを決め、受け取る額は運用の結果で変わります。どの商品で運用するかは加入者が選びます。
二つの違いは、運用がうまくいかなかったときの穴を誰が負うかの違いとして見ることができます。
| 仕組み | 先に決まっているもの | 運用がうまくいかなかったとき、主に負う側 |
|---|---|---|
| 公的年金 | 給付の計算方法(水準は財政検証で見直す) | 制度全体(給付水準の調整を含む) |
| 会社の確定給付(DB) | 受け取る額 | 会社 |
| 確定拠出(企業型DC・iDeCo) | 出す額 | 本人 |
表は型の一般的な性質を整理したもので、物価や長生きへの備え方は個々の制度の規約によって違います。
この見方に立つと、「iDeCo を増やすべきか」という問いは、こう立て直せます。老後のリスク(長生き・物価・運用)を、国・会社・自分のだれが負う仕組みに、自分はいま入っているのか。 勤め先に DB や退職金があるか、自営業で厚生年金が無いかによって、自分が負っている分の大きさは変わります。
税の優遇は、誰がいちばん使っているのか
iDeCo の掛金は、全額が所得から差し引かれます(所得控除)。運用中の利益にも税がかからず(積立金への特別法人税は課税が停止されている)、受け取るときに課税される形です(厚労省「確定拠出年金制度の現状等」 p.14-15)。受け取り方(一時金か年金か)で課税の扱いが変わります(同 p.15)。
所得控除は、所得税がかかる所得があるほど効きます。専業主婦など所得が無い・少ない人は、掛金の所得控除のメリットを十分に受けにくいと指摘されています(大和総研 p.2)。
政府税制調査会の専門家会合(2024年11月15日)では、事務局が、iDeCo を含む三つの制度(iDeCo・企業型DCのマッチング拠出・小規模企業共済)の掛金をまとめた「小規模企業共済等掛金控除」について、収入階級が高い人ほど控除を使っている人の割合が高く、年収1,500万円や2,000万円以下などの高収入層では控除額も大きいと説明しています(政府税制調査会 専門家会合 第1回 議事録 p.8)【記事公開日時点で2年前の資料】。
まだ分かっていないことは、いつ分かるのか
- 12月の改正で、掛金を増やす人はどれだけ出るか:2024年12月の改正の後は、新規加入の増加は一時的な押し上げにとどまった可能性がある、と指摘されています(大和総研 p.3)。今回の動きは、国民年金基金連合会の月次の加入状況で、2027年春以降に確かめられます
- 公的年金の実際の給付水準:財政検証は少なくとも5年ごとに行われ(財政検証 p.1)、次は遅くとも2029年です
- 税の優遇は新しい貯蓄を生むのか:ほかの貯蓄からの付け替えにとどまるのかを示す日本の実証は、本記事では確認できていません
- 企業年金の縮小と DC の広がりの関係:同じ時期に起きていますが、どちらがどちらの原因かを示す資料は、本記事では確かめていません
- 確定拠出が広がると、老後の所得の差は広がるのか:日本についての実証は、本記事では確認できていません
上乗せを増やすか、いまのままにするか
本記事の見立てはこうです。老後の生活の土台を支えるのは今も国の公的年金で、財政検証は、4つの前提のうち3つでその水準が下がって止まる見通しを示しています。変わったのは上乗せ部分の担い手で、会社が額を約束する年金(DB・厚生年金基金・適格退職年金)が減り、本人が運用する積立(DC・iDeCo)が広がってきました。それに伴い、運用・物価・長生きのリスクの一部が本人の側に移っている、と見るのが根拠に沿うと考えます。米国でも DB から DC への移り方が統計に表れています(BLS)。
いちばん強い反対の考え方は、「私的な積立の器を広げると、運用の失敗の責任が個人に移り、税の恩恵は余裕のある高所得層に偏る。公的年金を厚くするほうが筋だ」というものです。強みは、事実の裏付けがあることです。小規模企業共済等掛金控除は高収入層ほど使われ(税調議事録 p.8)、iDeCo の加入率は5.8%にとどまり(大和総研)、社員30〜99人の企業で退職年金があるのは16.0%です(厚労省 p.7)。所得が無い・少ない人は控除のメリットを受けにくくもあります。弱みは、公的年金を厚くする道が簡単ではないことです。2004年の改正で厚生年金の保険料率は18.3%で上限が固定されており(財政検証 p.1)、厚くするには上限を上げるか、税を増やす判断が要ります。中小企業向けには iDeCo+ も設けられています。この記事では、公的年金と私的年金のどちらを広げるべきかの判定はしません。
選び方を三つ、良いと言われる点と悪いと言われる点で並べます。
いまの掛金のままにする。 良いと言われる点は、60歳まで引き出せないお金を増やさず、手元で使えるお金を残せることです。悪いと言われる点は、広がった所得控除の枠を使わないことです。
上限に近づける方向で増やす。 良いと言われる点は、掛金の全額が所得控除になり、運用益にも税がかからないことです(厚労省 p.14-15)。悪いと言われる点は、原則60歳まで受け取れないこと(厚労省 p.12)、所得税のかかる所得が無いと控除が効かないこと(大和総研 p.2)、受け取る額が運用の結果で変わることです。第3号の上限は月2.3万円のまま変わりません。
iDeCo 以外の器を使う。 NISA など途中で引き出せる器は、必要なときに使える点が良いと言われます。悪いと言われる点は、掛金の所得控除が無いことです(厚労省 p.12 の比較)。
判断が分かれるのは、次の条件です。勤め先に DB や退職金があれば、リスクの一部をすでに会社が負っています。自営業で厚生年金が無ければ、上乗せは自分で作るしかありません。所得税がかかる所得があるかで、控除の効き方が変わります。そして、60歳まで引き出せないお金をどれだけ置けるかです。自分の年金の見込み額は「ねんきんネット」で、掛金の変更手続きは加入している運営管理機関の案内で確かめられます。相場の下落とその後の流れは「AIバブルは崩壊するのか」で、早く仕事を離れた人のその後は「FIRE達成後、やることがないのはなぜか」で扱いました。
参考文献
- 厚生労働省「令和6(2024)年財政検証結果の概要」社会保障審議会年金部会 2024年7月3日 資料1 https://www.mhlw.go.jp/content/001270476.pdf
- 国民年金基金連合会 iDeCo公式「制度改正について」 https://www.ideco-koushiki.jp/library/2022kaisei/
- 松井証券「iDeCo 制度改正」2026年 https://www.matsui.co.jp/news/2026/detail_0731_01.html
- 厚生労働省「国家公務員・地方公務員の皆さまへ」 https://www.mhlw.go.jp/content/12500000/001726957.pdf
- 厚生労働省「令和8年12月から iDeCoプラスがパワーアップします」 https://www.mhlw.go.jp/content/12500000/001714618.pdf
- 厚生労働省「(参考)確定拠出年金制度の現状等」令和8年4月23日(第3回 確定拠出年金制度の運用改善等に関する有識者懇談会 2026年7月1日 参考資料2) https://www.mhlw.go.jp/content/10600000/001717217.pdf
- 大和総研 佐川あぐり「iDeCoは広がったのか-加入実態と残る課題」2026年6月16日 https://www.dir.co.jp/report/research/policy-analysis/social-securities/20260616_025834.pdf
- 政府税制調査会「活力ある長寿社会に向けたライフコースに中立な税制に関する専門家会合(第1回)議事録」2024年11月15日 https://www.cao.go.jp/zei-cho/content/6life1kaigiji_1.pdf
- Deutsche Rentenversicherung「Die Geschichte der Deutschen Rentenversicherung」 https://www.deutsche-rentenversicherung.de/DRV/DE/Ueber-uns-und-Presse/Historie/historie_detailseite.html
- 厚生労働省 年金関係資料「公的年金制度の沿革」2004年12月 https://www.mhlw.go.jp/shingi/2004/12/dl/s1224-19d.pdf
- 厚生労働省「確定拠出年金制度の改正」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kaisei.html
- U.S. Bureau of Labor Statistics, William J. Wiatrowski「ERISA at 50: BLS tracks the evolution of retirement benefits」Monthly Labor Review, 2024年7月 https://www.bls.gov/opub/mlr/2024/article/erisa-at-50-bls-tracks-the-evolution-of-retirement-benefits.htm
- U.S. Bureau of Labor Statistics「Retirement benefits were available to 72 percent of private industry workers in March 2026」 https://www.bls.gov/opub/ted/2026/retirement-benefits-were-available-to-72-percent-of-private-industry-workers-in-march-2026.htm
- Yahoo!知恵袋「来年からiDeCoの金額を増やすべきでしょうか?」 https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q10329260805
書かなかったこと。 掛金の額や商品、投資の勧め、個別の年金額・節税額の試算は書いていません。掛金変更の締切日は金融機関ごとに違うため挙げていません。1889年の法律の議決日は資料によって異なるため、年だけを書きました。厚生年金基金が縮小した理由、ビスマルクの年金の受給者の寿命をめぐる話、iDeCo 加入者の年収の分布は、一次資料で確かめられなかったため扱っていません。公的年金と私的年金のどちらを広げるべきかの賛否は、本記事では述べていません。
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