「失われた30年」と言うとき、何を測っているのか——1980年代の中南米から借りた言葉の来歴
「失われた30年」という言葉は、1980年代の中南米を指した表現の転用だとされる。1999年5月の日銀審議委員講演がその転用を同時代に記していた。語の来歴と、10年ずつ延びてきた経緯、そして「失われた」と言うとき何を測っているのかを、原典に戻って整理する。どちらの評価が正しいかは書かない。
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「失われた30年」という言葉は、1980年代の中南米を指した表現の転用だとされる。1999年5月の日銀審議委員講演がその転用を同時代に記していた。語の来歴と、10年ずつ延びてきた経緯、そして「失われた」と言うとき何を測っているのかを、原典に戻って整理する。どちらの評価が正しいかは書かない。
「Z世代」と言うとき、何を説明したことになるのか。世代という区切りは1928年のマンハイムに遡る一方、2021年には社会科学者らの公開書簡が、2023年にはPew自身が使い方を見直した。年齢・時期・生まれ年が統計的に分けられない理由まで、擁護と懐疑の双方を一次資料に戻して整理する。
「歴史」を意味するギリシア語はもともと「探究・調査」を指したとされます。ヘロドトスは伝聞を広く集めて記し、トゥキュディデスは証言を突き合わせて検証したと述べたとされます。何を記録に値すると見なすか——歴史を書くという営みの始まりを、留保付きで整理します。
生成AIは歴史の転換点なのか——本記事は答えを出さない。日本の個人利用率26.7%(総務省・令和7年版情報通信白書)を出発点に、進行中でも判定できるとする立場と、転換点は事後にしか同定できないとする立場を対称に並べ、渦中にいる者が何を確かめれば判断を保留できるかを整理する。
「あの年が分かれ目だった」——転換点は出来事に実在する性質なのか、後から歴史家が引いた線なのか。革命という語の来歴をたどり、断絶説と連続説・構成説を対称的に整理し、「画期」という見方の使い方と限界を点検する歴史認識論の探求。