ギリシアの本は、どこを通ってヨーロッパに戻ったのか——アラビア語への翻訳と、「知恵の館」という像
ギリシア語の学術文献は八〜十世紀にアラビア語へ訳され、十二世紀前後にラテン語へ訳し返されたとされます。ただし「知恵の館」も「トレド翻訳学派」も後世に整えられた像だとする研究があります。名前が残った担い手と残りにくかった仲介者を分けて、誰が運んだのかを出典と留保を添えて整理します。
カテゴリ
2 件の記事
ギリシア語の学術文献は八〜十世紀にアラビア語へ訳され、十二世紀前後にラテン語へ訳し返されたとされます。ただし「知恵の館」も「トレド翻訳学派」も後世に整えられた像だとする研究があります。名前が残った担い手と残りにくかった仲介者を分けて、誰が運んだのかを出典と留保を添えて整理します。
グーテンベルクの活版印刷は「一人の発明が世界を変えた」物語で語られがちだ。だが誰が何をしたかは出典で確定しつつ、印刷が単独で効果を持ったのか、宗教改革の原因だったのかは裁定できない。発明・印刷革命論・宗教改革との交差を、対立する見方を添えて多面的に整理する。